doryokutoiumono vol.2
必要なことをすることが努力であるなら それは努力であろうが
それを努力と呼ぶのなら 努力とは当たり前のことで
当たり前のことをすることが努力であるなら 努力とは本当に努力なのだろうか
努力などは必要なものだろうか
結果として見てみれば そこには努力があったと言うことができるが
”必要なときに必要なことをやっている”
それをいちいち努力などとは感じたりはしない
いわゆる努力 無くして成功は無い のは事実だが
努力をすれば成功するなどということはない
必要なことをして成功する、その過程に”努力があった”と言われる
何事も続ければ身になるもので
人には信じるものが必要で
そういった意味で 努力という表現 も捨てたものではないが
本気ではない者が 努力を口にすることはおこがましい
必要なものを感じてそれを成すこと
それは単純に努力 という言葉で片付けられるものではないように思う
努力して成功した者のそれは努力に見えるが それは実は才能
努力できるは才能 信じることは才能 成すことは才能
才能にもいろいろあるが 実力はやはりその者の持つ能力や資質によっている
さまざまであることが人間の持つ特異な才能
飛ぶことができるのは鳥の才能、考えることができるのは人間の才能
動物の ”それ” は能力 である
a bird
Bird can fry, man can think.
doryokutoiumono
努力に頼っているようでは ホンモノとはいえない
続・手は手でなければ洗えない
自信を持っている大工と自信の見えない大工
君が家を建てるとしたら どちらの大工に頼む?
君がそれになるのなら どちらになりたい?
君は何になりたい?
「手は手でなければ洗えない 家は手でなければ造れない」
手は手でなければ洗えない
それ は求めなければ手に入らない
それ は願っているだけでは手に入らない
「 手は手でなければ洗えない 〜 」 ゲーテ
in truth
わたしには欠点がある
アハハ
これだけ長所があるんだもの
欠点があるのも当然ね
人の言葉と自分と
人の言葉は 自分の見る目で 意味が変わる
人を見下すのではなく 自分の見る目を疑え
自分を見下すのではなく 言葉の価値を知れ
in ポッシブル
やらなければならないものはやらなければならないし
できないものはできない
だから考えなければならない
ギャンブリングマン2
否定は肯定への第一歩
疑うことは確かなものを見つけることへの第一歩
不可能なものを見つけることは可能性への第一歩
失敗は成功への第一歩
人生はギャンブル
プラスから始まるギャンブルはない
俺は常に勝負している
有意義な順番
物事には順番がある。
有効な順番、有意義な順番がある。
まずは事象に向き合うこと。
自分と向き合うのは事象に素直に向き合った後でいい。
先に自分と向き合ってしまうと、
何が起こったのか 何が起きているのか ということは薄れてしまう。
多く人は誤解する。
それは 先に自分と向き合ってしまうからである。
たとえば試験の問題も
問題をよく読まず、自分とのやりとりを優先して答えてしまえば
間違った答え、誤解した答えが出てしまうことが多いだろう。
全て書き終えた後で確認を入れるとしても
先についてしまった先入観はなかなかとれるものでもないし
確認作業などに集中力はついてこない。
単純な間違いでも気づくことは少ない。
まずは問題を素直に読む。
先入観なく、素直に向き合う。
制限時間までは確認する時間もある。
そのときにもう一度自分と向き合ってみればいいのだから、
まずは問題と素直に向き合うのが良い。
ほんき (詩)
本気になってしまうから
本気になることができない
本気になって
報われないその結果 を感じてしまうから
本気になんかなれない
自分自身のことなんて どうでもいいと思っているのに。
本気になってしまうから
本気になんかなれない
わたしは 本気になんかならない
自信と自身
自信と自身は同じもの
素直でいることができていなければ
向き合う姿勢ができていなければ 自信を持てないことは当然
ひねくれてしまえば自信を持てないのは必然
素直に向き合うことをしていれば 自身を持っていて当然
世界の器
想像の世界も広いが
世の中はもっと広い
器は世の中のほうが大きいのだから
想像の世界は大きいほうが良い
本気
本気になっても敵わない相手というのは存在するが
本気になっても出来ないことというのは存在しない
人間の脳は優れ過ぎである - episode 1 -
脳が あまりにも 自分の都合に合わせてくれるので
人は なかなか 自分の欠点に気づくことができない
運良く 気づくことができたとしても
それでもやはり またさらに 都合に合わせてくれるようで
なかなかそれが 直ることはない
明日また少し
強さとは装うもの
装いきれなかったら負ける
負けたら負けたでしょうがない、そんな日もある
素直に認めてるだけでいい
その日の負けを引きずることはない
明日また少し 強くなっていればいい
矛と盾
何をも貫く矛と何も通さない盾はそれぞれ存在する
クワガタとカブトムシはどちらが強いのか
厳しさと優しさはどちらが強いのか
男と女はどちらが強いのか
矛と盾はそれぞれ意味のある存在を成していて
それに、矛と盾 どちらか一つでは上手くは戦えないものだ
真・表裏一体
表と裏は一体だが 向き合うことはできない
鏡で その鏡の裏を映すことはできない
日が暮れてしまうよ?
ええ 私 夜型ですから
change 2
人は変わる
子供は何れ大人になる
声変わりもする
印象が変わる
生きているだけで
人は変わる
大人になる ということ http://sophist.blog34.fc2.com/blog-entry-620.html
change http://sophist.blog34.fc2.com/blog-entry-625.html
change
持って生まれたものを変えることはできない
人は変わることなどできない
もしも ”人は変われる” などと思っているならそれは勘違いである
趣味や趣向は変わるが
悪い方にも良い方にも 変わることなどはできない
人が変わる などということはない
持っているものの内のどの部分が出ているか にすぎない
多くの人は、自分を理解しているつもりで、しかし理解していないように思う
それは、世間を受け入れようとして、自分を受け入れることをしていないからだろう
受け入れる努力はするが、努力と気持ちが結びつかないからだろう
(本来それは成長という部類におもうのだが)
自分を受け入れることが唯一、世間でいうところの ”変わる” にあたるだろうか
繋がる
繋げようなどとは思っていなくても、繋がる
まったく関係のないようなものでも繋がる
実際は繋がっていないものでも、繋がっている
間に自分が入って すべては繋がっている
安物
世の中の安心感には 安物が多い
確かなものは ”それなり” があって手に入る 場合が多い
大人になる ということ
理解できるものが増えると心が広く持てる
”大人になる” ってそういうこと
大人になんかなりたくない
何にも縛られたくない
だけど
喜びも幸せも、さらには人の人生まで
味わえる歳になった
大人になるのもわるくない
