それぞれの国、それぞれの世界2006-11-14 Tue 06:05
世の中 全てのことは ” 主観である ” ということ それを忘れてはならない 人の話も 自分の意見も ときには 真実でさえも 主観である ということを 忘れてはならない すべてにおいて正しいという人間が存在しないのは そういう理由からである そして、もし存在するというならば それこそが 正しくないこと であるだろう |
ウソ 8012006-09-28 Thu 03:28
失うこと覚悟で 本音を語ることはする 失う覚悟で 嘘をつくこともする だが 失うことを恐れて 「 自分に嘘をつく 」 など ありえない 自分に嘘をつく結果 でさえなければ 嘘など いくらでもついてやる 自分で決めたことなら 全てを真実にしてみせる それが嘘なら 堂々と ついてやる |
信実 〜 マコトノミ 〜2006-08-28 Mon 20:13
人の言葉など信じるな! 自分を信じろ 言葉を信じるのではなく 感じた自分 を信じるんだ 真の実(マコトノミ)は そこに生っている |
一歩引いて2006-08-20 Sun 07:02
私が常に一歩引いているのは ただ他人(ひと) に譲っているわけではない 譲れないものを見つけたときに 誰よりも早くスタートをきるためだ 誰より早くソレを見つけるために 一歩引いて、大局を見つめているのだ |
甲乙つけがたい2006-08-15 Tue 05:07
人 を思いやること と 人 の思いやりに気づくこと 実に 甲乙つけがたい |
これだけは2006-07-16 Sun 01:16
人を否定してしまうとき 実は 勘違いだったり 自分が間違っていたり ほとんどはそういう結果になる それを忘れるな |
うけとりかた2006-06-06 Tue 19:29
その人の言葉は あなたに向けて発せられたものであっても その人の感情、考えで構成されたものだ なのにあなたはなぜ、自分の考え・感情のなかでのみ それを解釈しようとするのだろう まずは相手の考えや、相手がそれを発言した想い を考えてみる。 それから自分の考えをまとめても遅くはないだろう。 仮にすぐに反応してしまっても、もう一度考えてみる時間など、いくらでもあるだろう。 |
道理2006-05-24 Wed 02:16
「 結果が全てだ 」 そんなことはわかっている。 だから過程が大事なんだ。 「 結果が全てではない 」 そんなことはわかっている。 だから結果が必要なんだ。 過程 無くして 結果なし、結果 無くして 過程なし。 |
today's my idea2006-04-01 Sat 03:19
今日の私 と 明日の私 間違いなく どちらも 私 だが 今日言うこと と 明日言うことは 違うかもしれない そしてもうひとつ言っておこう 過去の間違い を悔い改めることはできるが 現在の自分 を否定することはできない |
楽をする その12006-03-27 Mon 02:56
楽をするために俺は動いている。 当然のことだが それを苦労とは思っていない。 しかし、何も考えていない人に 「 楽してる 」 と言われると、それは違うと思う。 楽をするためには、 それなりの考えと、下準備があるのだ。 その考えに至るまで、様々なことを経験しているのだ。 面倒くさいものを、そうでないものにするのは、 後にも先にも結構面倒なものなのだ。 それを含んでも 俺は 「 楽をしたい 」 と目論んでいるのだ。 それも受け入れるつもりと覚悟で 「 楽をしている 」 のだ。 オマエ の言う 「 楽 」 とは違うのだ |
think about my value ( ポジティブ シンク のススメ )2006-02-15 Wed 01:05
昔、何かで読んだ戦国武将の話だが
人の実力などは ” 自分が思っている自分 ” の70%程度でしかないらしい。 ( 100と思う能力の70%の実力しか備わってないってことだったかな? 「 70%程度でしか見られていない・・・ 」 だったかな? それとも 「 常に7分目でいろ 」 だったかな?) ま、そんな感じで、とにかく ” 自分 ” というものは 30%off で世間に出回っているようなのだ。 テーマ:思ったこと、考えたこと - ジャンル:ブログ |
ウソをつくな2006-02-10 Fri 05:50
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自・信2006-02-03 Fri 02:38
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こだわり2006-01-31 Tue 03:19
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俺は断言しよう2006-01-14 Sat 11:19
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真実2006-01-13 Fri 04:42
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既知2005-12-22 Thu 23:16
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確率2005-12-06 Tue 16:42
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矛盾2005-11-30 Wed 15:13
” 矛盾 ”
これは 私の哲学のテーマのひとつだ。 私は 矛盾の存在を肯定することで、 非常に多くのコトを 理解することが可能になる と考えている。 言葉には 「 ホンネとタテマエ 」 があると思うし、 日常、会話で使われる 「 絶対 」 という言葉が 「 絶対 」 では無いことも認識している。 そして ” 複雑な状況 や 気持ち を表すには、異なる2つ以上の表現を使う場合もある ” ” 状況 や 伝えたい内容 が違えば、正反対のことも言う必要がある ” そういうことも感じている。 実際、私の言葉は 表面的には 頻繁に 矛盾する。 私は 「 ホンネ 」も 「 タテマエ 」も使うし、「 絶対 」 という言葉も使う。 全く同じに思えることでも、捉える角度によって 正反対の ” 物の言い方 ” をする。 それは常に 私にとって真実だ。 「 タテマエ 」 であっても偽ってるわけではないし、 「 タテマエ 」 を言うことが 良いことだ と思っているわけでもない。 ( これこそ矛盾の極みだが ) ” 矛盾を肯定している からといって、矛盾を否定しないわけではない ” ” 言葉と行動 ” この2つが存在する限り、人間に ”感情” というものが有る限り、 ” 矛盾は存在する ” のだ。 「 どんな盾でも貫く矛 」 と 「 どんな矛も通さない盾 」 この2つは存在して良い、そう解釈している。 |
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