頭の良さ2008-02-28 Thu 02:00
頭の良さというのは 勉強の出来不出来や知識の数ではなく ”必要とするもの”に比例する |
come to think of it2008-02-25 Mon 01:00
「考えないように」 「考えないように」 そんなこと考えてる暇があったなら 答えを出す時間もあっただろうに |
KODOKU2008-02-22 Fri 03:00
孤独を感じることのない人間が語る愛ほど野蛮なものはない 孤独が愛を生むわけでも 愛が 孤独の象徴 なわけでもないが 孤独を感じることもなく 愛を語ることは さび抜きの寿司を食べているようなものだ 哀しみを知らずして語られる愛に何の味わいがあるだろう 春には踊りだせばいい 夏には大いに泳ぐがいい 秋には深く想えばいい 冬には自分を抱えればいい 素晴らしきかな、人生 |
人生は自分で選んでいる -後編- / 尾崎豊をおもう vol.32008-02-19 Tue 00:00
そうしてたどりついた。 尾崎豊に憧れ、彼のようになりたいと思い、彼を想うことが、そこにたどりつかせた。 そう、「人生の長さや密度は 選べるのではないか?」 というところに。 実際に(実際というには多少の語弊もあるのかもしれないが)三輪さんなどは言っている、 「人生は自分で設計(プラン・選択)して生まれてきているのだ」、と。 三輪さん(あるいは江原さん)がおっしゃるには、 今世、自分が何を学ばなければいけないか、それを踏まえてさまざま選択し、生まれてきているということだ。 生まれる場所(親、土地、環境)も自分で選択しているということのようだ。 実のところ この件に関しては、私は鵜呑みにはしておらず、 「そういう言い方(捉え方)もあるのだろう」という程度にしか考えてこなかった。 むしろ今でもそういう気持ちのほうが強い。 が、ここまで語ってきたように、尾崎豊という存在を考えたとき、 ”人生を選ぶ” 選んでいる ということは真実に思えてきた。 その種の偉人たちは総じて生涯の幕を閉じるのが早い。 圧倒的な何かを成し遂げる者は生き急いで駆け抜けていることが多い。 成すために必要な時間はそれぞれ違っているが、彼らは生き急いでいることが多い。 彼らのように、ものすごい速さで人生を駆け抜けることは、自分で選んだ道以外考えられなかった。 たぶんそれは誰にでも選べるものでもなく 誰もが彼のように達成できるわけでなく 選べるとして非常に困難な選択であることは想像に難くない。 それでもそんな選択をする者があるなどとは考えることも難しい。 しかし、尾崎豊その人の軌跡を目の当たりにすると、それが真実のように思えてならない。 或る者は 可もなく不可もなく世に滞在することを望み 或る者は 大きな可、大きな不可を背負うことを約束し 滞在することを望み 或る者は 駆け抜ける瞬間を望んだ そういうことなのではないかと思えるのだ。 生まれてすぐに今世を去る者もいる。生まれる前に去る者もある。 彼らはきっと、自分でそういう道を選んだ。 彼らは己の幸せだけでなく、勇気ある選択として 万人に与える人生、達成できるかも難しい 人生を自分自身で選択した。 自分一人満足に生きることでさえこれほど険しい道であるのに、彼らは万人分のそれを背負う覚悟を選んだ。 険しく、一歩進むことさえ困難な道、彼らはその道を選んだ。 そうなんだ。 人生は誕生のその前に、自分自身によって選択されている。 |
続・サッカー日本代表 内田篤人2008-02-17 Sun 23:08
素晴らしいね。
内田くん、そのセンスはワールドクラスだ。 彼は、90分という時間の中で 得点に結びつく可能性のあるプレーを数多く選択できる。 あれだけの数、そういったプレーを選択できる選手は少ないだろう。 それはスピードやキレはもちろん、彼の視野の広さ、すばやい判断、総じてセンスの高さ による。 彼の選択するプレーはどれも理に適っている。 すばやい判断にスピード・キレ、ひとつひとつのプレーにしっかりした意図が見える。 のんびり安全なプレーを選択していたら得点などは生まれない。 合わせることができる選手がいれば日本代表はもっともっと強いチームになるだろうが、現段階では代表チームが彼についていっていないような状況だ。 FWは彼がボールを持ったら得点に結びつくクロスが上がってくることを想定して動かなきゃ。 一刻もはやく、松井や中村俊輔、さらには小野あたりと一緒にプレーする姿を見たい。 彼の資質とその才能は相当。 儲けたい海外クラブはいますぐにでも彼にオファーを出すべきだ。 いきなりビッグクラブのオファーも十分あり だと思うけどね。 |
尾崎豊をおもう vol.22008-02-17 Sun 00:00
尾崎の歌は 背伸びをしないし させてもくれない。 尾崎は どこにでも転がっていること、ほんの少し忘れてしまっていること そんなことを歌っている。 そこらじゅうに転がっているものを 拾い集めて 「ほら、ごらん。」 と 両手いっぱいに集めたものを 僕らに見せてくれる。 「キミの探しているもの、見つかるといいな」 無理はしていない 押し売りもない、好きにしてくれる彼がいる 尾崎は先生じゃなくてクラスメイトだったんだ。 人生には親も先生も必要かも知れないけど 何より心を許し見せてくれる、見せられる 仲間が必要なんだ 先生は教えてくれる人 尾崎は 自分の心を見せてくれる人 尾崎は仲間、なんだよ だから僕らは彼の歌に 心 を見つけることができるんだ 尾崎豊は友人である。 私たちが尊敬の念をこめ人を語るとき、多くは呼び捨てではなく 〜さんや〜様 などと呼ぶが、尾崎豊の場合はそれがあてはまらない。 尾崎は尾崎である。それが何より彼を表している。 人生は自分で選んでいる -後編- / 尾崎豊をおもう vol.3 |
尾崎豊をおもう vol.12008-02-15 Fri 00:00
私は尾崎豊が好きである。 敬愛している。 そうなるといろんなことを考えるわけである。 憧れる→ 尾崎のようになりたい→ 尾崎にはなれない→ 理由 まず、憧れるということだが、憧れたときには彼は他界していた。 出会いはあって、唯一のTV出演の際、偶然見ていた。 このとき、邦楽には魅力を感じていなかったし、尾崎のこともほとんど知らなかったのだが、 はじめて ”人の歌を聴いて涙が出た” という思い出がある。 そんなことがあり、曲や存在は知っていたが、 それ以上の興味はなかった(洋楽にハマッていて邦楽を馬鹿にしているような面もあった)ので、 本当に尾崎の感性に出会ったのは彼の死後になった。 むしろ 自分もいろいろ感じるようになってから彼の偉大さ(偉大という言葉は彼を表すには適していない気もするが)に 気づくようになっていった。 知れば知るほど、彼がどれだけ小さく大きな人間だったかが心に刺さるようになっていった。 憧れたとき 彼は 遠い存在 だった。 遠い存在であるにしても、尾崎のようになりたいと願うことはできた。 おこがましいが、そういう気持ちにもなる。 しかし、(才能という部分は容赦してもらっても) なれないことにも気づいてしまう。 彼は26歳で亡くなっている。 友人がこんなことを言った。 「俺は尾崎にはなれなかった」 尾崎の亡くなった年齢を越えてしまったということだった。 感銘を受け、そして同時に、私もその事実を知った。 最近はYOUTUBEがあるから、彼の映像も見る。 若い・・・。輝いて見える。老獪さの欠片も見られない。ストレート、真っ直ぐである。 私は 尾崎にはなれないことを あらためて想う 彼の残した歌(詩)はどれも心に響く。 それは明らかに言葉の力であり、しかし、言葉だけではないことにも気づかされる。 持っているものとか、カリスマ性とか、たぶん彼には関係なかった。 カリスマ的なものを持っている人を見ることがあるが、彼はその類ではなかった。 ただその感じているもの、彼の 表現するもの が心に沁みた。 「カリスマでなければ 自分もなれるかも」 そんなことを思ってみてもいいわけだが、何かそういうことではない、彼の存在自身が それを生んでいるような気がして、唯一無二と認めるしかなかった。 なぜだろう? 彼のそれは持って生まれたもの、天賦の才によるところではなく、日常や人の心を表現しているだけの、ごく普通の青年に譬えられるのに、なぜこれほど大きな存在になったのだろう 生きてきた速さが違った 尾崎は速かった アイルトン・セナと同じスピードで、彼は生きていたんだ 僕らがどんなに憧れても、彼に追いつくことはできない 僕らは彼の軌跡を見せてもらっている 残像ではなく、彼の残した軌跡を見ている 存在が奇跡だった 彼は 到底ありえるはずのないスピードで 駆け抜けていったんだ そんなスピードで走っていたら風も痛かったはずだ 苦しかったはずだ そして幸せだったはずだ 彼の伝えたかったものを僕らは手にしている 尾崎豊をおもう vol.2 |
人生は自分で選んでいる -前編-2008-02-13 Wed 00:00
人生は人によってその期間が異なるわけであるが もしこれが選べるものだったとしたらどうだろう。 私たちはいずれ死にゆくわけだが、死後の世界のことはわからない。 情報として、死後の世界を知る という者も存在するが、それが正しい情報なのかどうかは誰にもわからない。 それはそういった能力を持った者が、本当にそれを知っているのかということにもよる。 そういった能力の者に、いわゆる霊界といったところからアクセスがあるのは知っている(またはこちら側からアクセスする)が、その内容が、あちらの世界により規制や操作が施されていれば、その情報どおりの世界が待っているとは限らないわけである。 たとえば皆の知る霊能者江原啓之氏が霊界とサクセスしているとして 江原氏に霊界から死後の世界について詳しく説明がなされているとして そうだとして、その情報が操作されていないとは限らないわけだ。 私自身は霊界の存在あるいは霊能者の能力、そういったものは完全に信じている(信用している)のだが、それとこれでは話が違ってくるのである。 いま私たちが生きている現世においても、知らないほうが良いこと、知らなければ幸せに暮らしていける、ということに溢れているのだから、死後の世界にもそういうことがあって不思議ではない。 むしろその世界自体がそうであっても不思議ではない。 その世界からアクセスはあるが、その世界を知ること、知ってしまうことで現世を生きている人間に何かしらの不都合が生じるのであれば、その事実は隠されていても不思議ではないと思うのだ。 霊能者にアクセスがあったその内容の時点で操作されているのか 霊能者自身が操作(霊界から直接制限されているという可能性も)しているのか どちらであるにしても、そういった可能性は否定できないわけである。 多くは凡人 要するに人間 であり、不安が先走り混乱し あられもない方向へ進む傾向にあるのだから、もしそういった世界について 正確な情報があったとすれば、なおさらそれは操作されている、むしろ操作しなければならない事項 と考えるほうが 的を得てもいる はずである。 そうであれば、(人生においても多くがそうであるように) 知り得ていないことにも真実はある のではないかと思ったわけである。 知り得ていないことの中の、さらにその知り得ないような部分に、真実が隠れているのではないか と思えてくるわけである。 前置きが長くなったが、そういったことを考えて、「もしや 人生は ”選んでいる” のではないか」 と思ったのだ。 (江原氏も、私が今回語りたい内容とは異なるが、選んでいる というところには触れている) ここにたどりついた理由もある。(また前置きになってしまうが) 尾崎豊をおもう vol.1 |
小野伸二2008-02-11 Mon 23:00
お〜。小野伸二。
日本サッカー史上最も才能に恵まれた選手。 (タイプは違うが松井も小野ばり、ときにはそれ以上の才能を見せる) だいぶ前、ケガをしてから活躍している姿を見ていなかったが、とうとう完全復活なったのだろうか。 まだ途中出場しかしていないようだけど、FK蹴ってるようだし。 小野は中田よりも俊輔よりもセンスが上。 なかなか思ったほどの活躍ができていなくてやきもきしたものだが、ケガが癒え、再び 海外移籍を選択したのなら ”さぁこれから” というところだろうか。 年齢的には今がピークか。 しかし小野ほど賢い選手なら30歳(2010年 WC)でなお味を出すね、きっと。 こうなると俄然期待しちゃうね、WCは。 なんていうか楽勝で行ける気がしてきちゃったな。 韓国、サウジ、イラン、さらにはオーストラリアという強豪がいるわけだけど、 小野と俊輔と松井と稲本と内田がいれば楽に行ける気がしてきちゃうな。森本なんか入ってきたら最高だね。 中澤はいても宮本がいないからDFは不安だけど、川口はケガさえしなきゃ大丈夫だろうしね。(国際大会といえば川口です!) ただ、いまのチームに小野がフィットするかどうかは疑問も残る... まぁそれならそれで。 小野をチームキャプテンに据えてチームカラーを作り変えても強くなるだろうからそっちでもいいし、小野が”切り札”的なポジションでもいいし。(いつかのR・バッジョみたいに) 小野のいる代表を見たいよねぇ。 |
自由とは2008-02-11 Mon 00:00
自由とは ”与えられるもの” ではなく ”与えられているもの” である |
tied way2008-02-11 Mon 00:00
奪うのではなく 与えてやればよい |
freedom2008-02-09 Sat 00:00
すべての者が ”それ” を持っているように すべての者のすべての意志は ”自由” である Give me freedom, or give me death. Because, I have charity(love) too. |
WC三次予選 タイ戦2008-02-07 Thu 01:39
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見えている -- version another --2008-02-07 Thu 00:00
キミが何を語ろうと キミが何を隠そうと キミが何を伝えようとしているのか キミの望みは何なのか キミがキミであることも 僕には見えている |
not always Heaven's eye2008-02-05 Tue 00:00
見えている人には ぜんぶ 見えている。 |
拘束するもの2008-02-03 Sun 23:00
その価値を本当にわかっている者は それに縛られることはない |
現実の範囲2008-02-01 Fri 01:00
現実が 限界 を超えてくることはあるが 現実が 現実の範囲 を越えることはない |
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